吉塚御堂にてミャンマー大震災追悼法要
2025年4月20日(日)、吉塚御堂にてミャンマーの皆さんと共に追悼法要。
午後からは西林寺において『平和を願う会』と題して、ミャンマー地震について考えるパネルディカッションを開催しました。
私自身は午前中、急な法務が入ったため、吉塚御堂での追悼法要には遅れての参加でしたが、皆さんと一緒にお参りさせてもらいました。
主催は、『吉塚ミャンマー震災支援委員会』。ミャンマー人と有志の日本人で結成。
主体はあくまでミャンマーの皆さん。我々日本人は、彼らの思いを「下支えする」という今回の試みです。
ミャンマー人たちのアクションにNHKや西日本新聞社などをはじめ、6社のマスコミも駆けつけていました。
『水まつり』から『平和を願う会』へ
本来、今日のこの日は、吉塚で4年目となるミャンマー伝統行事『水まつり』を西林寺で行う予定でした。
しかし、先日の母国で起きた巨大地震を受けて、ミャンマーの皆さんと話し合った結果、イベント自体を自粛・中止にしたいという申し出がありました。
しかしながら、母国で家族や親戚、友人達が多数被災し、それに対してどうすることもできない日本在住のミャンマー人のもどかしさに寄り添った時、『 今だからこそミャンマー人同士の交流が大事なのではないか』と、、。
日本にいる私たちに一体何ができるのか、どんな支援ができるのか、
政治的なそれぞれの考えは一旦横に置いて、追悼法要とみんなで地震について考える会を提案。
不安な気持ちや悩みをひとりで抱え込むのではなく、同郷の人たちと母国語で話すことで気持ちを和らげてもらう会。
そして、被災地での生活に有益な情報を共有・交換して、日本から少しでも母国へ発信する、、、これが今、唯一私たちにできることではないかと。…そんな話になったのでした。
pm12:00、西林寺に多くのミャンマー人の皆さんが詰め掛けた。
九州各地からミャンマー人100名集まったそう。
山門前には長蛇の列。
山門の入り口では『タナカ』を施すブースも登場。
『タナカ』とはミャンマーで2000年以上前から使われている伝統的な自然化粧品。
ミャンマーに自生する植物「タナカ」の樹皮を水で磨り潰し、ペーストにしたものを顔や体に湿布する。日やけ止め、虫よけ、ニキビ予防などに効果があるのだそう。
賑わう境内、ランチタイム。
境内はミャンマーの人々の交流の場として、沢山の人でごった返していました。
少しでも同郷の人たちと出会い、母国語で交流してもらえたらー
昨年新設した永代供養堂兼休憩所も、しっかりとその役割を果たしていました。
九州各地から集まったミャンマー人の交流の場に。
私たち日本人や外国人に災害状況を写真で伝える展示ブース。当日はマスコミ各社も取材に訪れていました。
飲食ブースにはそれぞれ長蛇の列。
今回の飲食ブースは「ミャンマー料理」が中心。
みんなで集まれることが嬉しそう。
美味しそうな、ミャンマー料理!
美味しそうなアジアの香りが立ち込めていました。
今回『平和を願う会』開催にあたり、すぐさま防災が専門の九州大学准教授 杉山高志先生にご相談。
先生も『そのような企画であればぜひ。』と参画いただけることを快諾していただきました。
愛和外語学院の大畑先生もタナカ・スタイルでミャンマードリンク。
平和を願う会 – 地震についてのパネルディスカッション –
PM1:00ー 『平和を願う会』開催の前に、
まずは本堂で阿弥陀さまの前で三帰依文と重誓偈のおつとめ。
20代前半の若者達が心から手を合わせる姿は本当に尊い姿です。
『平和を願う会』開会
はじめに少しだけ、今回の経緯とこの会の趣旨を説明。
その後ミャンマーの皆さんへバトンタッチ。彼ら彼女らが主体となって、この会を取り仕切っていきます。
『地震について考えるパネルディスカッション』
九州大学の杉山高志先生がモデレーターをつとめて下さいました。
今回のパネリストは、家族が被災し、母国で親類を亡くしたミャンマー人女性、吉塚で多文化共生を進めるサンゴさん、20年前の福岡西方沖地震で、大切なご友人を亡くされた西林寺仏教婦人会前会長の調さん、そして吉塚御堂堂守でミャンマー支援を行う瀧野隆さんと私。
瀧野さんはミャンマーの皆さんにとって、日本の父。
皆さんとてもうなづきながら話を聴いていたのが印象的。
そして、調さんの体験談に熱心に耳を傾け、目に涙をためながら聴く人たち。
年長者を敬い、大事にするミャンマー人の素敵な国民生を垣間見た気がしました。
自分の身は自分で守ること。災害時に大切なのは『自助、共助、公助』。
未確認情報をSNSに流し、不安を煽らない。被災地では刻一刻と必要なものが変わってくる。
ひとりで悩みを抱え込まないこと。話を聴いてあげる『傾聴』も大事だということ、、
皆さんの話を通じて、さまざまなキーワードを共有できた。
今、日本で私たちができること、、みんなで考える貴重な機会になりました。
パネルディスカッション後ー
パネルディスカッション終了後、最後は本堂へでて、みんなで歌を歌うことに。
日本から母国へ、応援の意味を込めて、日本語で「上を向いて歩こう」を大熱唱。
動画を撮影し、福岡から母国へ、応援動画として、それぞれに家族や友人に送ることになりました。
その後は母国の音楽にのせ、元気を出してみんなで踊ることに。
本来水まつりでもあったので、最後には水の掛け合いも。
みんな笑顔で終えることができた。
我々外国人にとってもミャンマー文化を知る貴重な体験になりました。
この日嬉しかったのは、ベトナム仏教徒の皆さんが率先してミャンマーの皆さんのために動いていたこと。
そして中国人の梁くんやネパールの方など、みんながサポートに回っていたこと。
あるいは地元の年長者であり、『吉塚歴史を知る会』の秋元さんや様々な日本人関係者も駆けつけてくださったこと。
…この吉塚で、多文化共生の活動が着実に実を結んでいる事を実感しました。
参加してくださったみなさん、関わってくださった皆さん、本当にありがとうございました。
そしてこの日に至るまで準備を進めてきた実行委員会のミャンマーの皆さん、本当にご苦労様でした。
最後に、募金活動のご報告
この日ミャンマー震災支援の募金活動を行ったところ、266,700円の募金が集まりました。
また、西林寺仏教婦人会からも先日のはなまつりでの唐揚げ等、物販売り上げ金52,632円を、同じくミャンマー支援を行う瀧野隆先生が代表を務める『(社)興隆国際児童支援団』へ寄付しました。
瀧野先生、5月24〜30日までミャンマーへ現地入り
瀧野先生、マンダレー医師会を通じて医療支援として、また、マンダレー・ザガイン地区の孤児院およびお寺へ全額寄付できたとの報告を現地よりいただいたので、合わせてご報告致します。
瀧野さん、30日にご無事に帰国されました。
皆さま、ご協力ありがとうございました。