日記帳

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西日本新聞の『共生クライシス@吉塚』連載を経て

2026年5月22日(金)の夕方、吉塚商店街へ。
事務局長さんと1時間くらい様々な話しすることができた。

『西日本新聞の連載について、何か反響はありました?』

『んー、まだ特にはないけど、自分が思っていたことと違う風に書かれていた』と事務局長さん。

“思いと違う”というのは、『外国人が来たからお客さんが減った。』
というニュアンスのコメントについてだった。

『あれは私の言葉ではなく、「リトルアジア」になった時、お店に来るお客さんが言った言葉をそのまま伝えただけだった』と。

各メディアで同じ発言をすることで、いつの間にかそれが「私自身の言葉」となっていた。

とはいえ、新聞記事のインタビューでは、

『一部の人が勝手に進めた。外国人が増えても売り上げにはつながらない。』
と発言されているように、そう取られてもおかしくない言葉だった。

その真意について、やんわりと聞いてみた。

…やはり根っこの部分には、外国人どうこうというよりも、
ご自身が寝耳に水の状態で、勝手に『リトルアジア』計画を進められた事が気に入らなかった、、

という思いからくる発言だったと思う。

元々商店街の組合、活動に一線を引かれていた方でもある。
当時は何度となく説明に伺ったが、その時すでに心のシャッターは閉じられていた。

現事務局長さんの思いとしては、商店街助成金申請にチャレンジする時点から話をして欲しかったんだと思う。
そこに対しては自分自身も申し訳ない気持ち。

当時の助成金チャレンジは採択率10%という狭き門。
皆さんに告知したところで9割は夢物語で終わる話だった。

当時の河津会長、
『大風呂敷を広げて助成金申請にチャレンジしても採択されることは難しい。
もし落ちたらみんなにあわせる顔が無いので、内々で、ダメ元でやってみよう。
採択されたらラッキーくらいなもんですよ。』という試みだった。

『リトルアジア』のプロジェクトに何人か協力していただけなかった方は、ここに要因があった。

…とはいえ、今考えても難しい選択だったと思う。

こちらの否を認めた上で、最後まで事務局長さんの話を伺った。

話を聞いて、事務局長さんは不器用な方だと思った。
思ったこと、見たままを、ついストレートに言ってしまう(笑)
でも悪気はない。

博多の人。職人気質。お仕事に対して特に真摯に取り組む方。
だから吉塚商店街で一番の人気店。ファンも多い。だからこそ、、、

角が立たないように気をつけた上で、、

『…やっぱり大事なのはこれからなので、、
過去のことは一旦置いておいて、もう外国人どうこうと仰るのはやめませんか。
商店街にとってプラスにはたらく事は一つもないので…』やんわりお話しした。

そして「私にまだ手伝えることはありますか?」と建設的な話もした。

そして最後に、、勇気を出して質問してみた。

『事務局長さんは排外主義ですか?』

『違う違う。私は共生主義ですよ!

私の願いはみんなで仲良く共生して行くことですよ』と事務局長さん。

おじちゃんの言葉を信じていきたい。
というわけで、夏に向けても色々計画中。

「共生」に向けての活動においては、商店街の浮沈に関係なく、今後も様々な事を計画中。

まだまだ、吉塚の共生は死んでない。。

思いを同じくする地元の皆さんと一緒に、これからも時代の波に抗ってやります。