『 再建をかけた商店街 厳しい現実 』
昨日の西日本新聞では、『吉塚市場リトルアジアマーケット』の厳しい現実について。
記事を読んだ後、全身が痺れたような不思議な感覚になった。
一切の忖度がない、今の商店街の状況が、まさにそのままリアルに報じられていた。
「失敗」と「現実」。
これが今の吉塚商店街。
以前から吉塚商店街の「今」について、いつか皆さんに伝えたいと思っていた。でも、それを書いてしまうと、一部の人を非難するような、誤解が生じるのはいけないと思っていたし、何よりどんな状況下においても前を向いて頑張っている商店街の皆さんを思うと、後ろ向きな発言は慎みたいと思っていた。
…でもこれが今の現実。
西日本新聞社さんには感謝と言って良いのかわからないが、今を伝えてくれた事が有り難い。
吉塚商店街はもう、かつての『リトルアジアマーケット』ではなくなってしまった。
トリゼンフーズ 河津会長も西日本新聞のインタビューに『(リトルアジアマーケットは)失敗だった。』と語っている。
当時『これからは共生が大事!外国人たち、みんなおいでおいで!』、『これからは若い人たちの時代やけん!』と、当時商店街の中心で「多文化共生」を訴えていたおじちゃんやおばちゃん達が、その後次々と病に倒れ、同時に店がなくなり、そのまま亡くなられた方もいる。
商店街の高齢化は深刻だ。
商店街と関わる6年間で、3人の方をお浄土へお見送りした。
どの方も皆、共生を歓迎し、「リトルアジア」として賑わいが戻ってきた事を心から喜んでおられた。
新聞記事にもあるように、現在の事務局長さんは、
『外国人が来たからお客さんが減った。』とTVでも新聞でも一貫して公言される方。
とはいえ、「排外主義」というわけでもない。
どこまでもご自身のお店ファーストで、ついで、これまでの既存のお店ファースト派。
現事務局長さんは、リトルアジア時代、一貫して反対の立場だった。
何度となく対話を試みたけれど、力及ばずで、、
現在、事務局長さんの考えとしては、
『リトルアジアはもう終わったこと』として、「リトルアジア」の看板を外し、新たに「吉塚商店街』のジャンパーを新調された。でも、かといって対立してるわけじゃない。
考え方、方向性が違うだけ。
商店街へ行けば、いつも通りご挨拶もするし、今も何か要請があれば、喜んで参加させてもらう。
でも、ひとつだけ僕が大切にしているのはー
あくまで、『吉塚商店街の発展と、外国人との共生の力になりたい』ということ。
個々のお店の、商業的な利益の為に応援をしたいんじゃない。
今の自分にできることは、『吉塚リトルアジアマーケット』を最初に立ち上げた時の「理念」に沿って、活動を続けること。
それは吉塚御堂における「共生と共修のまちづくり」。
吉塚御堂に今も多く訪れる仏教徒の皆さんをできる形で支えて行くこと。
吉塚御堂においても、土地の問題や運営継続など、問題は山積みだ。
今は逆境に次ぐ逆境。
それでも、今の自分にできる事を考えていきたい。
大事なのはこれからー


