2026年5月17日付の【 西日本新聞 】一面にて、
『リトルアジア 葛藤の先に – 共生クライシス@吉塚』の連載が始まりました。(全5回)
昨年から西日本新聞でシリーズ化されている『共生クライシス』。
「排外主義」が強まり、「共生」という言葉が瀕死の状況にある中で、良くも悪くも吉塚の「今」を伝えて下さっている。
「共生」を掲げる吉塚の街で、その光と影、一筋縄ではいかない、綺麗事で済まされない共生の難しさ。
吉塚での事例を通して、日本社会における「共生」のこれからについて考える連載。
『 夜明け前のモラル崩壊 』
5月17日付の第1回目は、『夜明け前のモラル崩壊』。
吉塚駅周辺で夜明け前に起こるゴミ散乱問題を取り上げている。
深夜のアルバイトを終えた外国人たちが、公園でおしゃべりや酒盛りをする中で出るゴミ問題。それを善意で片付ける近所の人々。
しかし、ここで外国人だけでなく、実は日本人もゴミを捨てているという事が明らかになる。
一方で、ごみを持ち帰るネパール人、定期的にごみ拾いをするベトナム人グループもいる。
「安易に排外主義につなげるのは良くない」という押さえがある中で、
「外国人のよるルール違反の常態化は、学校も、企業も、行政も管理責任を果たせていない」と指摘。
「そのしわ寄せは地域に丸投げされており、地域の善意がそっぽを向いた途端、公園はゴミで溢れる。
その時、「秩序ある共生社会」のもろさが白日の下にさらされる」と、警鐘を鳴らしている。
まさに「地域の人の善意』に丸投げされている感はこの6年、感じてきたことだった。
そんな心の声にスポットを当てていただいた事に胸が熱くなった。
『吉塚の住宅街に留学生400人 住民との対話欠如、膨らむ不安』
5月18日付の第2回は、
『 住民との対話欠如、膨らむ不安 』。
吉塚の住宅街に突建つことになった日本語学校をめぐって近隣住民との対立問題。
この問題に対して、地元町内会長で息子のママ友だったOさんの興味深い言葉が掲載されていた。
『(外国人を)快く受け入れるために必要なのは信頼関係。それが築けていない。これではトラブルが起きた時に対処できない。』
この言葉を受けて、最後は「外国人と共存してきた吉塚の住民は経験上、普段のコミュニケーションこそが生活圏の「安全保障」につながると知っているー」という言葉で閉じられていた。
傾聴と対話ー
やっぱり大事ですね。
…他にも吉塚には様々なトピックがありますが、明日はなんでしょうね。楽しみです。




